永濱修|MY LIFE お世話になっている社会に私ができること

エッセイ

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漏刻祭御奉仕に思う
        永濱 修

漏刻祭とは6月10日「時の記念日」にあたり斎行されるまつりごとであり、このたび陰陽(おんようの)介(すけ)の祭祀者を賜りたたえ歌を奉唱しました。

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参考
(近江神宮は、千三百年の昔の都、近江大津京の旧跡に御鎮座しています。御祭神は第38代・天智天皇(626-671)。皇紀2600年を記念して、昭和15年(1940)に大津京にゆかりの深いこの地に昭和天皇の御聴許により御創建されました。
天智天皇は大化の改新を断行され、琵琶湖西岸の都にその完成を目指されました。
日本最初の成文法憲法である「近江令(おおみりょう)」の制定、全国規模の戸籍の編纂、国立学校の創設をはじめ、後世に影響をあたえる多くの事業を行われました。6月10日の「時の記念日」は天智天皇が漏刻により初めて国民に時を知らされた日、つまり天智10年4月25日を太陽暦に換算して大正9年に制定されたもので日本の時刻制度の始まりであります(日本書紀)6月10日の時の記念日には古代王朝装束に身を固めた祭司が神事を行い新しい時計を奉納したりして執り行うものです)。

今年は兵庫県が担当となり、いきなり私を含む3名にお役が当たったと言うわけです。ある日、突然御奉仕をとのお手紙が連名で送られて来たものですから大慌てすぐに先輩諸氏にお尋ねしましたら御奉仕を辞退するとはもってのほかと怒られました。さりとて神道の知識不足な私に何が分かるか~と思いつつその日がやってきました。
奉仕次第とやらを見ましても見慣れない文字がやたらに多く、冷や汗ものです。
祭典:斎行・奉仕所役:陰陽(おんようの)介(すけ)・奉仕次第:習(しゅう)礼(らい)(リハーサルでした)・参籠(さんろう):(宿泊でした)漢字から大体は分かりそうですが、とちる訳にいきませんよね。
参籠食(夕食)・王朝装束着装・参進・直会(なおらい)(神さまに供えた御神酒や神饌を祭典終了後に下げて、これを祭典に関わった者たちで共にいただく事を言うのだそうです)
前日、宮司様が簡単に習礼を下さいました。
一般的な玉串奉奠、拝礼(二拝二拍手一拝)は日ごろ経験しますが、ここでは少々趣きが違うではありませんか。芍(しゃく)の持ち方、作法いろいろ、さらっと仕草を流されて本日は御参籠と相成りました。
祭典当日、午前5時30分起床、食事を頂く、
心の準備のつかないまま、最終祭典習礼(最後のリハーサル、正式にはこの1回だけ)袴、内着を仮に着装それだけでもビビリものです。衣装は采女(うねめ)がお手伝いを下さったのがせめてもの救いかな、と思って感激している暇などとんでもない。


仮着装するや否や数名の禰宜(ねぎ)様によってたかってと言った方が素直な表現に近い荒行のような習(しゅう)礼(らい)です。木靴をはいて歩き方、歩くときの芍の持ち方、座った時の芍の位置、拝礼時の芍の位置、たたえ歌の奉唱の時の芍の仕舞い方、抜き方、皆様はどう思われますか。これ位何でもないだろう・・ですって、そうですね人間やれば出来るものです。とは言っても400名近い参列者の目前で一挙手一投足、疎かにも出来ないし、この時ばかりは必死で頭に叩き込みましたね。いよいよ本着装。このような「衣冠(いかん)束帯(そくたい)」装束してしまうと人間変わるものですね。もう時間もないし、「どうにでもなれ」て感じ、近江神宮の宮司様でもこのような束帯は着ることは出来ないと言われるし「よし、やったるぞ」と開き直ってしまいました。
祭礼が始まりいよいよ私の番がやってきました!決まりの席から石段を降りる、ぶかぶかの木靴が今にも脱げそう!以前TVで見た祭事の様子が頭の中によぎる!えい!やるしかない!胸を張って芍を立て厳かに玉砂利を踏む、ザクザクといい音がする、御宮の高い石段を上がりかけるが袴の裾を踏みそうになるヤバイ!でも何事もないようなふりをして上がりきった、よしOKだ。宮司が御扉の側でこちらを睨んでいるのが分かる、でも少し笑みを感じた。肘を開き芍を高々と上げ二礼をする、90度に腰を折る、続いて陰陽介の最大の仕事、たたえ歌を奉唱する「天皇の近江の宮に造り置きし ときのまにまに御代も絶えせず」朗々と二回繰り返す。よかった!これは成功!きっと神様に届いたのでは・・
ここでホッとしてはいけないと気を引き締め胸を張り、偉い人物気取りで下りの石段にかかる。宮司より、たまに石段で木靴が脱げてコロコロと石段を転げ落ちるのを見ましたよと笑いながら言われたのが頭をよぎり、ブカブカの木靴の中でつま先を心なし持ち上げて恐る恐る?しかし姿勢は悠然と構え一段一段確かめながら降りました。うまくいった!その後は自分でも分かるほど冷静だった。偉そうに胸を張り芍を持ち参列者の前を一点を凝視しながら、しかし心の中では少し微笑を浮かべながら満悦至極であったような気がする。
人間って、つくづくおかしな生き物だと思います。私は「おぎゃー」と生まれキリストの洗礼を受け復活祭を祝い、日ごろは仏式で祭事を行ったりお寺でまちづくりのイベントを行う。又このたびは神道でこのような役どころをさせて頂くことができる。なんて幸せな国なんだろう。感謝をしなければいけないと思う。またまた、わたしの悪い癖が出てきた。
今回の祭典で私自身強く感じた事がある。
キリスト教のあり方も少しは分かっているつもり、又仏教の起こりも少しは分かる、(とくにNHKは分かりやすい番組を見せてくれるNHKの宣伝ではありませんが見なければ損・・笑い)神道も神話で教わった程度はわかるつもりである。しかしよくよく考えると、神道の始まりは太陽であり星であり万物の尊敬から生まれたもので有ると理解している。「父母を敬え」も同じ次元から生まれ出たものであるに違いない。昨今は大人も子供も自然に感謝をすることや畏れを知ろうとしないように思える。いま国を愛する「愛国心」と訴える声が聞こえるが人を愛し自然を尊び自分を愛することが真の愛国心につながるものであると信じる。私は思う、自分自身が率先することで背中を見る子や孫がやさしく育ってほしいと願っています。
昨今、私自身の職業を通じて児童や生徒とお話しをする機会を与えられ、職業のお話にまじえ人としての感動を伝えようとするとき、子供たちの心に素直に浸透してくれていると実感し、私の心に喜びの泉が湧いてくるのをおぼえます。
今回の神事を通して、私自身の豊かな人生のために、人、時、出会いを感謝せずにはおれません。                          感 謝

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